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朝霧


"朝霧" (北村 薫)

 例のシリーズの五作目。五作目ともなると安心して読めるというか何というか。調べると、前作「六の宮の姫君」(文庫)からはもう五年も経っているのですなあ。  衒学趣味にもますます磨きがかかって(笑)、とくに「走り来るもの」は、ミステリと言っていいのかどうか微妙な線で物語を綺麗に成立させているのが見事。こういうものを読んでいると他の小説が読めなくなって困る(笑)

 ただま、個人的には表題作「朝霧」のトリックというか暗号は、かなり無理があるんじゃないかと思ったりもするのだけど…

(以下ネタバレ)

 まず、よく考えたら「朝霧」って表題自体がネタバレじゃあないか(笑)  で。

 …さすがにありゃあ無理があるだろう。こういうトリックにケチをつけるのは無粋だとは百も承知で言うならば、読み解きのときに行った作業を、暗号作成時にも行ったわけだよな。てことはさ、それこそ1日作業で必死に調べてあの判じ物を作ったってことか? 架空の物語に「現実的じゃない」なんて文句は通用しないのは、そりゃそうだけど。  赤穂四十七士の戒名を全部記載した書籍でもあったのならまた別だけどね、それなりの資料集でも、戒名全部を載せるというのは、まあないだろうに。

 それに、あのストーリーの流れから言うと、あの場面で登場すべき暗号は、解読されることを前提とした暗号じゃなきゃいけない。どういうことかというと、余りにも難しすぎて、容易には解読できなさそうな暗号では意味をなさないってこと。わざわざ判じ物を持ち出した以上は、きっと解読されることを、心理の裡でかすかに期待していたワケなのだから…  確かに思いついてみれば「なんだ」というような暗号化なのだけど、でも、あれを解くには、それなりの実地作業が必要になるわけで、それをあえて見せるということは、解かれることを半ば以上諦めたという前提がなきゃいけないわけだけど。これ以上は描写がないのでなんとも言い難いのだけど、どうしてもワタシにはそういうふうには読めない。アタマの中で弄んで、ある日突然解法をひらめいてすべてが見えてくる、といった性質のものでないと、前段につながらない…